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フィギュア青木祐奈が突然の引退意向を表明 「これ以上スケートを嫌いになりたくない」涙で最後の全日本と告白

全日本フィギュア・女子フリー

フィギュアスケートの全日本選手権は22日、大阪・東和薬品RACTABドームで女子フリーが行われ、22歳・青木祐奈が194.07点で終えた演技後に引退する意向を示した。冒頭で3回転の連続ジャンプが単発になり、後半の3回転ルッツで転倒するなど不完全燃焼の演技に。「これ以上スケートを嫌いになりたくない」などと語った。青木祐奈 フィギュア NHK杯 女子シングルで3位 戻ってきた特別な舞台 “忘れられない景色” 【解説】 | NHK | #フィギュアスケート

テレビ取材で今回が最後の全日本になると明かした青木。続いての囲み取材で「全日本が終わったら(去就を)考えようと思っていた」と話した上で「全日本までの期間が、今まで自分がやってきた中で一番良い練習を積み重ねて、これ以上ないくらいやって、この内容だったのはここまでかな」と涙ながらに打ち明けた。

「今シーズン、NHK杯の結果(3位)を得ることができて、ここで出し切れて、次につながるものがあれば続けようかと思っていたけど、満足したというか、これ以上スケートを嫌いになりたくないので、楽しく滑って終われて良かったです」

フィギュア青木祐奈が突然の引退意向を表明 「これ以上スケートを嫌いになりたくない」涙で最後の全日本と告白(THE ANSWER) - Yahoo!ニュース

22歳。当初は大学卒業を迎える昨シーズン限りで引退を考えていたが、2023年のNHK杯で5位に入ったことで翻意。「(今シーズンは)いろんな試行錯誤して、やり切ったというか、試合では(練習の質を)出し切れなかったけど、それが自分のスケート人生かな。最後、皆さんの前で笑顔で終われたので」と胸中を明かした。

まだまだ日本女子のトップ戦線にいるのも事実。しかし、本人は「全日本までに一番良い練習を積めていて、もうやり切った感覚があった。それで次につながるものがあれば、続けたい気持ちだったけど、もうたぶんないので」と話した。最終的にはコーチや両親と話して決断するというが、すでに心は決まっている様子だった。

「(冒頭の)ルッツ―ループが決まらなかった段階でのびのび滑ろうというか、肩の荷が下りたというか。最後まであきらめず、コレオとステップのところではこの景色が最後だなと思った」と回顧。「この先、国体とかもあるけど、それは楽しく滑りたい」と笑みをこぼし、今後もアイスショーなどで滑っていくつもりという。

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12月31日の大みそかに放送されるNHKの『第75回紅白歌合戦』。だんだんと番組の全貌が明らかになってきている。 米津玄師のゲスト出演などの他、注目されているのが大物俳優の追悼企画だ。10月17日に亡くなった西田敏行さんを偲び、西田さんの代表曲『もしもピアノが弾けたなら』を、西田さんと親交が深かった松崎しげる、田中健、武田鉄矢、竹下景子の4人が歌うことが21日にNHKから発表された。 「この曲は1981年に、西田さん主演のドラマ『池中玄太80キロ』(日本テレビ系)の第2シリーズの挿入歌として発表されました。同年の紅白歌合戦に初出場した西田さんは、1990年に白組の司会も務めました。 追悼企画では、在りし日の西田さんの映像も流されるそうです」(芸能担当記者) 紅白歌合戦の「追悼特別企画」として思い出されるのは、2022年、上島竜兵さんの急逝後、ダチョウ倶楽部の肥後克広と寺門ジモンが歌謡グループの純烈とユニットを組み、司会・有吉弘行の猿岩石時代のヒット曲『白い雲のように』(1996年)を熱唱したことである。上島さんを慕い続けた有吉の目にはうっすらと涙が浮かび、Xには《素敵なパフォーマンス 感動しました「ヤーー」!》《やっぱり有吉の「白い雲のように」は胸熱だったな。。》などのポストが寄せられた。 そして今、SNSでは12月6日に亡くなった中山美穂さんも「紅白歌合戦で追悼してほしい」という声が多く寄せられている。 「中山さんは1988年から7年連続で紅白歌合戦に出場し、『Witches』『愛してるっていわない!』『世界中の誰よりきっと』『ただ泣きたくなるの』などを歌いました。 また、NHKのドラマにも多く出演していて、1992年は大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』(1992年)、プレミアムドラマは『プラトニック』(2014年)、『平成細雪』(2017年)で存在感を示していました。NHKの番組への貢献度も高いと思います」(同前) Xには《西田敏行さんを追悼するのであれば、中山美穂さんも、と思うのだが》《紅白に大河ドラマとNHKと縁も深いしね 中山美穂さんの追悼もあったらいいな》などの切望の声、さらには《西田さんと八代亜紀さんと中山美穂さんと真島茂樹さん追悼でマツケンサンバは絶対やるべきだと私は思います》といったポストも見られる。 「今年は本当に多くの大物歌手、俳優の方々が亡くなりました。『紅白』は、一年の総ざらいという気持ちで視聴する方も多くいるでしょうから、追悼企画でどの方を取り上げるのか、どう取り上げるのかが気になるところでしょう」(同前) 『紅白』を見ながら、故人が活躍していた時代に思いをはせる視聴者も多いことだろう。

「愛されている名前を残した」中山美穂さんの母親が営んだレストラン関係者が明かした在し日の思い出

12月6日、渋谷区にある自宅の浴槽内で亡くなっていることがわかった歌手で俳優の中山美穂さん(享年54)。所属事務所は死因について「入浴中の不慮の事故」と伝えている。 “ミポリン”の愛称でトップアイドル、そして女優として活躍した中山さんは1970年3月、長野県の自然豊かな町で生まれた。’ 両親は中山さんが3歳のときに離婚。それ以降、中山さんは母子家庭で育ち、親戚の自宅で過ごすことが多かったという。ところが、そんな彼女に大きな転機が訪れる。広く知られているように、母親が秋田県出身の男性と再婚したのである。激動の幼少期を過ごしながらも、中山さんが親を恨むようなことはなかったようだ。【前後編の後編。前編から読む】 所属事務所『ビッグアップル』の創業者・山中則男氏も、かつて夕刊紙の取材に「(中山さんは)オーディションには何度も落ちまくっていました。それでも本人が決してデビューを諦めなかったのは、“お父さん、お母さんに立派な家を建ててあげたい”という明確な目標があったからでした」と、その親孝行ぶりを明かしている。 実際にデビューからしばらく経ったあと、中山さんは両親のために都内に家を購入。さらに2000年7月には義父ゆかりの地である秋田県横手市内に、ふたりが創作レストランを開業する機会を設けた。子育てが落ち着いた母親と義父はレストランの経営に携わり、中山さん本人もお忍びで通っていたようだ。店の現オーナーであるAさんを知る関係者がこう語った。 「当時、シェフとして働いていたAさんが、11〜12年前に前オーナー(中山さんの義父)からお店を引き継ぎました。最後に中山さんがお店に来たときに、『Aさんや若い人がすごく頑張っているね。そろそろ(レストランを)受け継いであげてもいいんじゃない』と話していたようで、それを前オーナーから聞いたAさんはとても喜んでいましたよ」 経営は引き継がれたものの、創業当時から変わらない店の名前。そこには“アイドル・中山美穂”に対する、Aさんのある思い入れがあった。 「最近でも、中山さんのアイドル時代のファンクラブの方からお店のほうに年賀状が届いたりするそうなんですよ。お店の大規模な改修などもあり、これまでに店名を変えるという話もあったそうですが、携わった多くの人に愛されていると感じていたAさんはその名前を残すと決めた。 中山さんが突然亡くなったことにAさんはショックを受けているそうですが、『お店の名前を変えなくて本当によかったと思う。(店を)受け継いだ以上は守っていきたい』と話していました」(前出・Aさんを知る関係者) 残された家族やファンの心の中で、中山さんはいつまでも輝き続けることだろう──。

中山美穂さん元夫・辻仁成氏の“金言”にネット反響「心が軽くなる」「一番言ってほしかった言葉」

今月6日に死去した中山美穂さん(享年54)の元夫で、ミュージシャン、そして作家の辻仁成氏(65)が21日に自身のX(旧ツイッター)を更新し「父ちゃんからのお願い」をつづった。 辻氏は「父ちゃんからのお願い」と切り出すと「自分が壊れてまで人に優しくするの無し 嫌われたくないからといって、みんなに優しくすると必ずつらくなります 優しい人と思われなくても生きていける 今がきついなら、やめてよし」とポスト。 また「無理して嫌われなくていいが無理して好かれなくてもいいのだ とにかく周りは気にせず生きなさい」とつづっていた。 ユーザーからは「何だか、一番言ってほしかった言葉をかけてくれている感じがした」「心が軽くなります」「父ちゃんからのお願い、受けとめました」「どうして仁成さんは そんなに強いんだろう ひとつひとつの言葉に助けられる」「辻様も、良い旅を!」といったコメントが寄せられていた。

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