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【クマ】居座り36時間 “ドローン作戦”も『バンキシャ!』

秋田市のスーパーで、男性従業員が熊に襲われ、頭や顔に怪我を負う。

熊は店内に36時間居座り、警察と特殊班が出動。

ドローンを使用した作戦が開始され、店内の様子を確認。

警察は熊がバックヤードにいると見て、売り場とバックヤードをつなぐ4つのドアを封鎖。

専門家は、熊が市街地に侵入した理由として、餌を求めて行動が大胆化している可能性を指摘。

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《元カレミュージシャンやじゃいの投稿へ違和感》中山美穂さん急逝で「追悼コメント」が波紋 SNS時代には「何を言うか」より「何を隠すか」が愛情

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岩隈久志氏、美人妻の顔出し家族ショットがステキ!「幸せですね」昨年に第4子三女が誕生

米大リーグ(MLB)のマリナーズや、プロ野球の近鉄(現オリックス)、楽天、巨人で投手として活躍した岩隈久志氏が26日に自身のインスタグラムを更新。妻・まどかさんと子どもたちとの家族ショットを公開した。 岩隈氏は「Happy Holidays from The Iwakumas」と英文でコメント。きらびやかなイルミネーションをバックに、妻と4人の子どもたちと一緒に笑顔を見せた。温かみのある写真にフォロワーから「ご家族そろってで幸せですね」との声が上がった。 岩隈氏は2002年12月に当時西武の広橋公寿打撃コーチの長女と結婚。23年7月に、1男2女に続く第4子となる三女が誕生したことを発表し「長女とは20歳差という漫画のような岩隈家になりました」とつづった。同年12月の投稿では、その長女が20歳になったことを報告している。

「白血病の疑いがあります」歌手・井上あずみ 3歳の娘を襲った突然の病…「病室で歌った『さんぽ』で子どもたちに力をもらい」

『君をのせて』や『となりのトトロ』を歌う歌手・井上あずみさん。39歳で娘・今尾侑夕(ゆーゆ)さんを授かります。3歳のときに2週間ほど発熱を繰り返した娘を病院の診察に連れていったところ、医師から衝撃的な言葉を伝えられます。(全4回中の2回) ■妊娠発覚と同時に「双角子宮」が発覚し ── 井上さんは現在のマネージャーでもある今尾さんと結婚、39歳で娘さんを妊娠されたとき、子宮奇形である「双角子宮」が発覚したそうですね。 井上さん:すでに高齢出産の年齢でしたし、なかなか妊娠できなかったのですが、奇跡的に妊娠したんです。妊娠してクリニックに行って初めて私の子宮は「双角子宮」といってハート型になっていることが判明しました。女性は子どものころはみんなハート形をしているそうですが、大人になるとひとつのお部屋になるところ、私の場合は繋がってはいるけどふたつにわかれた形のままだったんです。実は生理が月に2回来る体質だったのですが「そういう人もいるよね?」と、のんきにとらえていて(笑)。39歳にして自分の子宮の事実を知りました。先生からも「妊娠してからわかる人は珍しいですよ」と言われたくらい。通っていたクリニックではだめだったので、大きい病院を紹介されたんです。 ── 奇跡的な妊娠で歓喜されたことと思います。お仕事もセーブせねばという状況だったのでしょうか。 井上さん:それが妊娠したとたんに仕事が急激に増えたんです。よく言いますよね、「子どもは米びつを背負って生まれる」って。その言葉どおりでした。高齢でしたし予定帝王切開で産むことが決まっていて、いつまで仕事をするかと考えていたところだったのですが。それまで仕事をしたくてたまらない人生でしたから、もっとどん欲にやりたいと(笑)。不思議なくらいあれよあれよという間に産休に入るまでのスケジュールが埋まり、空いてる日がもう2日間だけという状況に。そして、なんと最後の最後にドンピシャでその2日間も仕事がきまったんです。しかもすべて新幹線移動で済む距離のお仕事で、飛行機移動はなしというのも奇跡でした。なんだか後にも先にもこんな都合のいい仕事の入り方することはありませんでしたので、子どものパワーなのか、いま振り返ってみても本当に不思議です。 ── 臨月は夏だったそうで、猛暑のなかお腹が大きい時期はお仕事も大変でしたよね? 井上さん:さすがにお腹が張る日もありました。でも仕事先で会う子どもたちはお腹を触ってくれたり、話しかけてたりするんです。「赤ちゃんがいるのー?」って。それがすごくいい胎教になってくれましたね。『さんぽ』を歌うと動くし。娘は今でも「ママの歌を聞くと眠たくなる」と言います(笑)。 娘は逆子で生まれ、低体重だったので数日は保育器に入りました。私は出血が多く、輸血をしました。やはり出産は命がけです。でも、1か月後には次のレコーディングが決まっていたので。なんとかそれまでに復帰をと、頑張りました。レコーディングの流れでイベント出演が決まり、結局そのまま仕事に復帰しました。 ── 井上さんも、マネージャーを務める夫の今尾さんも同じ仕事現場に向かうことになりますよね。復帰されたあと、娘のゆーゆさんはお仕事に同伴されたのですか? 井上さん:マネージャーの夫が1年間の育休を取りました。それで別の現場マネージャーと仕事へ行くかたちに。小さく生まれた娘がしっかり育つよう、どうしても母乳で育てたかったので、仕事に行く前には搾乳して、冷凍して…とやっていましたね。ただ、仕事先ではどうしても胸が張って母乳を捨てないといけないのはつらかったですね。 ■発熱で受診した病院で「白血病の疑いがあります」 ── 娘のゆーゆさんは、3歳で白血病と診断されたそうですね。発覚したときのことを教えてください。 井上さん:はじめは風邪かなと。熱が下がらなくて2週間近く発熱を繰り返したので病院へ。もともと色が白い子だったんですが、先生に「いつも青白いですか?」と聞かれて。「今のこの子の雰囲気を見て、僕の直感ですけど、白血病の疑いがあります。脊髄に注射針を刺すのはリスクがあるけど、僕は調べたほうがいいと思う」と言われ、検査をお願いしたんです。 先生の直感が的中して、急性リンパ性白血病とわかりました。あまりの衝撃的な病名に夫婦でショックを受けましたが、紹介された大きな病院では「その先生はお手柄でしたね。この段階でよく見つけてくれたと思います」と言われました。「この状態で来るのと、半年~1年経過してから来るのとでは全然違う」と言われて、少し救われた気がしました。 発見したのは発症から推定で3か月以内とのことでした。通常は1年くらいしないと発見されないものらしく、悪化する前にわかったわけです。ですから、血液にはまだ白血病の数値が現れる段階ではなかったので、血液検査でわかるものではなく、最初の先生のカンで骨髄の検査を受けることができて、本当に運がよかったです。 ── とはいえ、ゆーゆさんの治療はおつらいことも多かったと思います。どのような治療だったのでしょうか。 井上さん:半年くらい入院しました。プレドニンという、血中の白血球だけが死滅していく薬なのですが、それを使って限りなく白血球をゼロに近い状態に落として、戻すというのを3回繰り返すことで、がん化した白血球を死滅させるという治療でした。 髪の毛は全部抜け落ちましたが、それよりも肝臓や腎臓に負担がかかることが怖かったです。持ちこたえてくれないと治療に耐えられなくなるので。かわいかったお顔がムーンフェイスと言ってパンパンに腫れました。薬をやめたら戻るんだとわかっていながらも見ているのはつらかったですね。その治療に対して娘は優等生で、先生が計画していた理想通りの効果がありました。 白血病は脊髄の中に潜んでいて、治ったと見せかけてまた出てくる。そのため、脊髄を直接抗がん剤で洗うという治療もやりました。娘は5回中の2回目で自律神経に影響が出てしまい、「目がクルクルする」と言い出したんです。それで脳を調べるとモヤができていたので中止することになりました。このまま続けるかやめるかは賭けでしたけど、脳のモヤも次第に戻り、さいわい再発もなく寛解しました。 入院中は娘を置いて仕事に行かないといけません。ずっとつき添ってあげられなかったことがつらかったですし、娘にもかわいそうな思いをさせました。娘は4人部屋だったんですけど、みんな大変な病気を抱えて頑張っていて、私が病室に行くと「ゆーゆママーっ!」と喜んでくれて。外に出られない子たちにとってDVDで観るトトロは人気で『さんぽ』を歌うと本当にうれしそうに聴いてくれて、笑顔をもらいました。そんなみんなに、私のほうこそ力をもらいましたね。 ■小さい娘が「私も歌手になろうかしら?」…

元乃木坂の妻がいて菜々緒似と不倫の西武・源田壮亮「愛妻家ほど浮気しやすい」ワケ

<亀山早苗の恋愛時評> 次々と報道される有名人の結婚離婚。その背景にある心理や世相とは? 夫婦関係を長年取材し『夫の不倫がどうしても許せない女たち』(朝日新聞出版)など著書多数の亀山早苗さんが読み解きます。(以下、亀山さんの寄稿) 妻と「恋」は別物、どちらもないと生きていけない男たち プロ野球西武ライオンズの源田壮亮選手(31)の、なかなかど派手なやらかし不倫が文春砲によって明らかにされた。妻は元『乃木坂46』の一期生だった衛藤美彩で、もうじき3歳になる息子と1歳の娘がいる。 衛藤美彩がインタビュー(『たまひよONLINE』12月8日掲載)で語ったところによると「娘がかわいすぎて胸が苦しい」と言うほどの子煩悩。また、ふたりの子育てでワンオペの妻が弱音を吐くと、「美彩は世界一のおかあさんだよ」と断言して妻を認め、励ますいい夫ぶりも、世の妻たちから「夫たるもの、こうあってほしい」と絶賛された。 一世を風靡(ふうび)したアイドルだった自分が、まさかサレ妻になるなんて想像もしていなかったに違いない。 侍ジャパンでも活躍する源田選手は23年の準決勝で、相手の盗塁をぎりぎりのタッチでアウトにし、『源田の1ミリ』と大きな話題になった。源田だからできるプレイ、源田たまらんとファンを虜(とりこ)にしたのだ。西武ライオンズでは主将としてチームを引っ張ってきた。成績が上がらなかった今年は矢面に立って批判を受け止めた。 仕事も家庭も、いろいろなことがあったとしても乗り越えていくタイプ。誠実で責任感が強い愛妻家。誰もがそう感じていたのだが……。 1年弱の濃密な関係は不倫ならでは 彼が不倫相手に選んだのは、銀座の高級クラブで働く20代後半のスレンダー美女だという。交際期間は1年弱だが、この期間の濃密な関係は不倫ならではを感じさせる。 『週刊文春』(12月26日号)によると、少しでも時間があれば彼女と密会を重ね、彼女が罪悪感を覚えて不安を感じているとわかるやいなや、彼女が見るはずのゴールデンクラブ賞授賞式では結婚指輪を外してみせる。さらに彼女の体調がすぐれないときは勤務先にかけつけてシャンパンを入れ、お金を払ってさらりと帰っていく。今年の国際大会プレミア12の開催期間中に、こっそり台湾でも密会を重ねていた。 これほど入れあげていたら家庭はどうなるのかといえば、妻とも変わらず仲のいい様子をあちこちで見せている。源田おそるべし。 アンジャッシュ渡部と同じく「美人妻がいるのに」世間はショック かつてアンジャッシュ渡部の一件のときも、「あれほど美人の妻がいるのになぜ?」と世間はショックを受けたものだが、今回もそのときと似たような反応が多い。おそらく、ある種の男性にとって、「妻が美人かどうかは、外での女性関係とは何の関係もない」のだろう。 家庭は家庭、外は外と簡単にスイッチが切り替わってしまうのではないだろうか。今回は、相手の女性が女優の菜々緒似だというから、妻も外の彼女も美形ということにはなるのだが、それはたまたま彼が美形好きということなのだろう。 文春の直撃を受けて、源田選手はプレッシャーや孤独感を増したときに、ふと魔が差したと答えている(『週刊文春』12月26日発売号より)。 魔が差したにしては、かなりののめり込みようだが、1、2年の間すさまじい勢いで不倫にはまっていく男性も少なくはない。こうした男性はしばらくすると、つきものが落ちたように元の生活に戻る可能性も大きい。源田選手も、発覚したことで潮時だったと悟ったのではないだろうか。 「愛妻家ほど浮気しやすい」理由とは それにしても、「プレッシャーと孤独感」は、男性の不倫の言い訳としてはありがちではあるが、これは妻とは離婚したくないというサインかもしれない。 妻が「夫のプレッシャーと孤独をわかってあげられなかった自分」を反省してくれる可能性もあるからだ。というよりむしろ、それを願っての「言い訳」ともいえる。ただ、それを許すかどうかは妻の「判定」次第ではある。 不倫取材を長年続けてきて、「愛妻家ほど浮気しやすい」という感触はもっていたが、源田選手もまた、そうだった。愛妻家を標榜(ひょうぼう)したり、目に見えやすい形で仲の良さをアピールする男性ほど、外で「素の自分」として勝負したがるものだから。 実力の世界でありながら人気商売でもあるプロ野球選手という仕事で、自分をどう見せたいかを考え始めると迷いや葛藤が生じるのかもしれない。妻が一般人ならともかく、芸能人だと一緒にテレに出たときの立ち居振る舞いが妻にはかなわないと思うこともあるだろう。 花形としての選手、職人のような選手といろいろタイプは分かれるだが、どちらにも1ミリ足りなかったところに「源田の悲劇」があるのかもしれない。 <文/亀山早苗> 【亀山早苗】 フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio  

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